自閉症の心模様

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zoom RSS 手記の連載 B 『沙羅双樹の 木の向こうまで』〜

<<   作成日時 : 2010/02/26 18:13   >>

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  前回の、続きから〜


【NO.3】 

 【高機能自閉症・アスペルガー症候群とその他、様々な発達障

  害が併発 更に 二次障害へと移行してゆく中で・・・】


ーーー 我が子、S を理解してもらう為に〜

私は、○○地方に住む一児の母です。 
S(00歳・男子)は20××年×月まで児童相談所の保護施設に
入所しておりました。
 
そして、×月11日から 県の措置で家庭裁判所を経て、保護事件
扱い(社会的事件は起していなかったのですが・・・)で「児童自立
支援施設」に入所となってしまいました。  
 
何故、この様な状況になってしまったかは、子供の出生や幼少期
からの状況を少しお伝えする事が、必要になってくると思います。


  [我が子の 誕生から ]

我が子が、誕生するまでに様々な事がありました。 子供の父親で
ある M.A.MDとの出会い。  
 
彼と出会う前の私は、或る大手メーカーの専属販売員として T地
区を担当し、1ヶ月26日をコースで回り、働いていました。
 
支社長にも気に入られ、社員研修の為の映画の「ビデオ撮影」など
にも出演し、張り切っていた時代でした。

けれど、スーパー、デパート、展示場を転々と回るうち、「クーラー病」
で体調を崩し夏休みに長期休暇を取った私は、友人がアルバイトをし
ている近所の「居酒屋」の店長から、お店の手伝いを頼まれ「夏休み
期間中だけなら・・・」という条件で、夜 数時間アルバイトに入りまし
た。
                            

後から、アルバイトで入店した(後に子供の父親となる)彼との出会
いがありました。
その頃、私は K市にIDKのお風呂も無い安いアパートで、ひとり暮
らしをしていました。       


K市には友人、知人がたくさんおり 又、気に入った喫茶店やアンティ
ークショップ、古本屋、リサイクルショップなどが、たくさんありました。

K大学の 学生達の通学路でもあり、私の人生の中の『古きよき時代
』的なもので、あの頃の私はK市を離れる事など考えても見ませんで
した。

T公園や「O.Tの道」に続くたくさんの緑。
遊び場も意外とあり、毎年 「公園、緑を守ろう」というスローガンのもと
友人や仲間ら10人程で運営・企画を行ない、開催していた○○○原っ
ぱ祭り!
                           
それなりに、ひとつの楽しい時代の流れの中に私自身、存在していら
れた時期でした。

この様な状況の中での子供の父親との出会いでしたから、彼と出逢っ
たときにはまだ彼の生まれ育った貧困に喘ぐ環境や人々の苦しみ、背
負って生まれた宿命など、その時の私が知る由もありませんでした。
 
あの頃の私はまだ、生きてゆくうえで『自分にとって何が素敵で、何が
心地よくて何に興味が惹かれるか・・・』
そんな事がとても大切で重要だと・・そんな風に人生を生きていたよう
に思います。         
                          

ーーーーーーー 

やがて、こんな私が己の体内に『小さな生命』が宿った事を自分自身の
体調の変化と共に知らせれ、そしてその命をこの手で育ててゆく日が訪
れて来ようとは創造もしていませんでした・・・

けれど、その日は静かに私の内側に近づいていた・・・
(彼と知り合って2年目の春のことでした。) 
 
我が子となる Sは、都立F病院で帝王切開でしたが3565gの元気な
男の子として産声を上げました。
                            
生まれて時から良く泣き、糖水も他の赤ちゃんの何倍もゴクゴクと飲み、
同室の他のお母さんたちからは「この部屋だけいつも糖水が足りない・・」
と、看護婦さんたちに訴えられていた有様でしたから・・・。
 
看護婦さん達からは S は「お腹すかせやさ〜ん!」と、言われていて、
又、病院中に響き渡るほど大きな声で泣いている子でした。

 
Sは生まれた時からパッチリ! 目を開けて生まれてきた子でした。
何人もベビーベッドに並べられている赤ちゃん達は、たいていスヤスヤと
お休みモードだったのに比べ、我が子は殆ど目を開けていることが多く、
ガラス越しに廊下から覗きにゆくとすぐ、『S』 とわかるのです。
 
そういえば、看護婦さんたちから『何か他の赤ちゃんと違う雰囲気を感じ
る』と、言われた記憶があったのですが、まだその時の私は「生まれて始
めての『天からの授かりもの』を無事にこの地上に表す・・・」 

母親としての大役を果たし終えたばかりで、そんな事を考えるゆとりもな
く、言われて「えっ?そうかな?」ぐらいにしか頭の中にはありませんで
した。


実は私は未婚のまま出産をしたのです。
結婚については周囲も賛成でしたが、私生活で様々な問題があって婚
姻届も出せない状況のまま出産するしかない事態に直面していました。
 
子供の父親は、オーバースティで日本国内に就労していたからです。
知り合った当初、彼は私に『留学生である』と偽っていました。

いわゆる 『不法 就労 』 でした。       

けれど、そういう状況に関して私自身何の知識もなく、又、専門的な知識
を持った人も身近に居なかった為、後々まで様々な問題で苦労し、壁に
突き当たり、大変な事態にまで発展し、やがて子供が成長してゆく過程
で子ども自身に一つの大きな影を落としてしまうことになるとは、かんがえ
てもみませんでした。


***〜〜〜〜〜〜〜***〜〜〜〜〜〜〜

          
                         続きます 




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Maukie
                                             
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