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【21】閉鎖病棟に入院した我が子〜行政の隙間に落とされ・・

2010/07/27 17:04
前回の続き〜その後・・


けれど・・

私の知らない間に福祉の扱いが、いつの間にか県の児童福
祉法の扱いに切り替わっていて、子供の扱いが私の手元から
離れてしまっていたのです。

(書類だけが知らない裏側で動いてしまっていたのです。)
 

私は大分後になってからこの現状を知らされ、愕然としてしま
い、この状況を一年の月日をついやして様々な相談機関に訴
えて歩きました。         
  

そして、Sの入院から約1ヶ月半後・・・ 

県と都の金銭的な扱いの違いから「退院」せざるを得ない事態
に追い込まれ、治療の必要が残されている子であるにもかかわ
らず、行政の対立のために無理矢理の退院となってしまいまし
た。                                  
 

そして再び児童相談所の一時保護所へと戻されてしまったので
す。    


東京の病院側で出した‘紹介状‘の内容は「施設で充分やって
いけます。」の文面でした。     

治療途中とは書けなかったからです!            

何故、この様なことが起きてしまうのか・・・ 



私は子供を何とか再生の道へ歩ませたいと願っているだけな
のに・・・               
 
悔しくて、悲しくて、辛かったし本当に誰に、誰にこの思いを聞い
てもらえるだろうか・・・                            
 

当初、単なる「ADHD」では・・・?
と言われていたSでしたが、通院中の病院で最後に「アスぺル
ガー症候群では・・・?」と、医師と専門家の方から言われていた
のです。          




                                           
 

私は必死になり書店を歩き回り、関連図書を探し求める日々が
始まりました。     


東京の病院の時には「高機能自閉症」と「アスペルガー症候群」
さらに様々な発達障害が併発していて、すでに二次障害へと移
行している状況とのことで・・

東京の閉鎖病棟でも「今までSのような、ここまでの症例はなか
った。非常に難しい症例ですね・・」とまで言われてしまった現実
があるのです。  
 

治療途中で行政の対立でSの治療はストップし、予定されていた
「院内学級」も中止となり、再び児童相談所へともどされたのです。
                      

県でも、「こんな状況で東京の病院へはもう頼めない・・・」と、引き上
げる書類にしてしまったのです。     
                            




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【 20 】救急搬送された私〜その後・・

2010/07/21 22:46


私は「何故!?刑事さんが来るんですか!帰ってください!」
苦しい声で訴えましたが・・         

「いや、お母さんは病院に行ったほうがいいから・・」   
                                   
こんな状況で、子供は児童相談所に移送され、私は救急車で
病院へ。                

サイレンの音とともに救急車は走り出し、私は救急車の中で言
いようのない悲しみで、涙が後から後からあふれてきました。                
                                    

警察でもSの通院状況、学校、近所での問題行動を良く知り、
分かっていたので随分とSをなだめながら(途中、ジュースも
買って来てくれたそうで)児童相談所に連れて行ったことを、
だいぶ後になってから聞かされました



それ以前に、当時通院していた病院の紹介で、4月11日に
東京の精神病院の思春期対応の病院に、すぐ入院出来る様
になっていたのですが・・・       
 

それ以前にこの様な問題が起きてしまったのです。

その後、私は10日間程、シェルターに入っていました。

私自身、混乱していたのです。     

起きた事態に私は、何故あの時少年課の刑事さんが来る事態
になってしまってのか?                        
 

確かにSのあの時の目付きを見た時、私は「もう、私一人の力で
はどうしょうもない・・」と、思い誰か救いの手を求めたのは確か
です。

不安になり「一人ではもうこの子を押さえられない。


このままではこの子自身がだめになってしまう。何とかこの子を
この状況からすくいださなくては・・・」     
 
ただ、ただそればかりでした。        

このまま放っておいたら、子のこの未来が絶望的な物に変わって
しまう!
 


あの子自身、幼児期から他の子より多動で乱暴でトラブル続きの
日々でした。                                 
 
そのまま児童相談所の一時保護所に預けられていたSは、結局
地元中学へも名前だけの入学となってしまいました。


地元中学へ一日も通えないままで・・・                            
 

そして、4月11日、


元から予約していた状況の通り、Sは児童相談所から東京の精神
病院(思春期の閉鎖病棟です)に移されました。  
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卒業式〜 Sのパニック攻撃で倒れ・・救急搬送された私・・

2010/07/15 00:52



そして、遂に卒業式。                        

Sは同級生と同じ中学校への進級を自らの内側では願って
いました。  

もう、誰も自宅のチャイムを鳴らし、遊びに来てくれる子は一人
としていなくなってしまいました。                           
 

学校の先生方も正直、内心ほっとしているのが現実であったと
おもうのです。けれど、仕方の無い状況でしたから・・・

私は、ただただ・・感謝することしかできませんでした。                      
 
こんな手のかかる子を、それでも卒業式の日まで見てくれた
のですから・・・                              
                                   
 

卒業式の次の日からSにとって、そして私にとって大きな試練
の始まりが訪れるとは、夢にも思っておりませんでした。                
                                   
   

中学入学までの春休み。    

その第1日目。 朝はリタリンを飲み、落ち着いているかの様子
(効果は約、4時間。)でした。             
 

お昼頃、窓の外が何だか騒がしい。

Sの喚いてる声と他の子の声が・・・

何かをいい合っている。                          
 
私は慌てて外へ出た。Sが低学年の子のカードを取り上げ、意
地悪をしている。


私はSを家に連れて帰り(この頃はリタリンは1日2回になって
いました。)リタリンを食後に飲むよう促した途端!               
  

Sは私に突進してきて、蹴り、パンチをしてきたのです!

私とSは精神修養の為と、良かれと思い・・・、少林寺拳法、空
手と武道をやってきていたのです。


そのために私は受けの技でかわし続けているうちにSの行動
がとまり、ホッとした次の瞬間! 

Sの新たな蹴りをみぞおちにまともに受けてしまった私は(元々、
胃に持病があり・・・)吐いて倒れてしまいました。    
 


ボーっとした意識の中で私は(「もしかしたら・・大変なことになっ
てしまうかもしれない・・・ 誰か助けを呼ばなくては・・・。」)       
   

気づくとSがパニックを起こしながらアイスノンを持ってきたり、タオ
ルを持って来たりしながら泣き叫んで、私の背中に貼り付いて揺
すっている。                    

私はSに「市役所の児童相談員さんに電話して、隣のおばちゃん
を呼んできて・・・」

Sは泣き叫びながら隣の家のチャイムを鳴らしている。     
  

それから、すぐに隣の人と市役所の児童相談員さんが来てくれた
のですが・・


何故か?少年課の刑事さんが二人!!?     
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【 18 】 モップの取り合いから、大パニック!大問題!

2010/07/06 02:47
ある日のこと・・


Sは、同級生の子にモップの

取り合いから、パニックになり、相手の子を押し倒

し顔を引っかき、あごを手で押さえつけてしまい、



相手の子は、学校から病院に連れてゆき、検査

を受けました。       


幸いにも検査では異常は無く、放課後校長、担任

同行の元、その子の自宅に誤りにゆきました。      
 

その子の母親から後日、「うちの子はお宅の子に殺

されそうになった! そんな子を野放しにしておいて

いいのか!」と、激しく抗議を受けてしまいました。

                                   

後日、中学校の校長から呼ばれ「Sくんを入学させな

いで欲しい!」と、抗議を受けたと、伝えられたのです。



そして、続けて「お母さん、何もうちの中学でなくてもいい

んじゃないですか・・・? 他にも中学校はあるわけだし・・

その方がS君のためにもよいとおもいますがね・・・

どうですか?その方向で考えていただけないでしょうか

ね・・・?」と言われ、愕然としました。  
                                   
 

その日から私の心はさらに悩み続け、答えを見つけられ

ないままにあちこち情報機関や相談機関をひたすら探し

続けました。          



                           
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Maukie
                                             
自閉症の心模様 2010年7月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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