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【26】2004年、最初の講演会〜当事者としての声を伝える為に・・

2010/08/31 00:50
 
 手記の連載 『沙羅双樹の木の向こうまで』

今日から、私の2004年秋に行なった「講演会」の文章を
載せます。当時、会場で、受け取り、お持ちの方もいるかと
思いますが。一応、手記にも載せました。

(文章は、原文のままですが、この連載と重複する部分は、
省かせていただきました・・)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

      2004年  アハメッド 敦子講演会              
 「親子供にアスペルガー症候群と判明して・・・今、私は」      
 
この文章は以前、私が「高機能自閉症〜アスペルガー症
候群とその他様々な発達障害が併発、さらに二次障害へ
移行してゆく中で」という文章を作成し(自力で行政、その
他の団体、友人、知人へ語りながら、配って歩いた一年でし
た。)〜まとめたものから、一部抜粋し、加筆したものです。                        

私自身のことを語ってゆくためには・・                       
                                   
 

一人息子として生まれたS。                     
                       
今になって振り返ってみると、アスペルガーであった(母親で
ある)私自身が、供にアスペルガーであった子供をしっかりと
育てられずに、母子供にパニック、混乱続きの毎日でした・・

子供が小学校5年生の冬、通院し始めた医療機関と平行して・・                   
                                   
 
母親である私自身も、人とのコミュニケーション、関わりの中で
いつも躓き浮いてしまう。

また、こだわりも強く気に入った色とか・・・服しか着ない。
(子供も全く同じでした。)       

私の父も考えるとそうでした。        

私が、24歳の時に亡くなり(当時私は遺跡発掘調査の現場で

5年程働き、気の合う仲間たちも沢山いた時代でした。)                
 

父は若い頃、美術大を卒業し、独り山歩きや写真(フォトコンテ

ストにも入選している。)占いなど・・・その後、伯父(母の弟)と

共同で造形、絵画、こけし造りなどアトリエで創作活動を行なっ

ていたようです。       
                                   
 
私は幼少時、カンナくずのカールの山の中に埋もれ遊んでいた

遠い日の、あの幼い日々の記憶が何十年も経つ時の流れの中

で未だ、ふと思い出されてくることがある・・・


                         続く・・                          
         
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【25】 離れて暮らす 我が子を想い〜祈り続ける日々の中で・・

2010/08/25 23:05
  『沙羅双樹の木の向こうまで』

 前回の続きから〜


私は今

私自身がこれからどう生きてゆくべきか、残され、

与えられているものは何か・・・ 

自らの心に問いかけながら生きてゆきたいと願っています。

こうした中から必ず我が子の「希望の光」をいつか見出して

ゆけるはず! 


今は離れて暮らす我が子Sを想い、願い・・

祈り続ける日々です。     
 

あの子が、Sが薬の副作用なんかに決して負けず、S自身の

魂を見失うことがありませんように・・ 

そうして、いつか必ずS自身の「生きる場」「真の生活の場」を

得てゆくことができますように・・・                
 


あの子の魂は決して今、この目の前に現れている「試練」に

負けはしない・・

あの子が、Sがいつか自分自身を取り戻し、再び私と親子を

やり直せる日々が訪れたら・・ 


「親子」という同じ色の階段を登ってゆきたい・・・      
  

そう願い、私はたった一人この家で生きている。    



                           



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【24】聞き取り調査〜育成歴〜我が子の困難さ〜

2010/08/17 03:18

【沙羅双樹の木の向こうまで】

前回の続きから〜



ただ「問題行動の多い、乱暴な子供」という印象付けで

通してしまったのです。    


そのために当初、受け入れた学院側では、Sの様子や

状況がわからず、私からの聞き取り調査や今までの育

成歴の中から、少しずつ子供の問題点がクローズアップ

されてきたのです。                     
   

そして現在までの学院の先生方とのやりとりのなかで、

少しずつSの困難さ、この先いったいどの様な関わりを

していくことが、少しでも先の見える状況につながって

ゆくのか、私も毎日我が子のことを離れて暮らしながらも

祈る毎日です。                          
   
 
親子だから、血はつながっている・・

当たり前のように言われていますが、親子であっても身体

も心も別々。          

考え方も受け止め方も違う。


それでも血がつながっているとしたら、それは「魂の絆」

があるから、その魂が知っている。 
 


親は子供が誕生したときから、大きな喜びを与えられ、

親もまた子供に無償の愛を子供の健やかな成長を願う。                   
 

けれど、この世に生きてゆく中で人は様々な試練に廻り

あう。     


病で亡くなる方、身体的ハンディを背負って‘障害‘という

形を引き受けてゆく方。   
  

いろんな困難が生きてゆく世界には散らばっています・・  
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【23】場違いな施設〜施錠〜薬漬けの日々が・・

2010/08/10 00:55
 『沙羅双樹の木の向こうまで』


前回の続きからです・・・ ***



そして、その後再び更に児童相談所から

「お母さん、もう入れる施設はありません。選んでいられ
ないでしょう・・・

何処でも空いている所に入れてもらうしかないでしょう。

ここにも長くはいられないし・・・」      
 

私はただ、ただ心の中で涙するばかりでした。


そして平○○年の秋。 

子供は県の‘措置‘の扱いで、家庭裁判所の「保護事件」
扱いとして書類は出され、「児童自立支援施設」に入所し
ました。               
 
入所してから、毎日子供の部屋の残された荷物を見ては
泣き暮らすばかりの日々でした・・・     



入所して2週間ほど「観察寮」という鍵付きの個室に閉じ
込められてしまう状況でした。 


Sは東京の病院で処方された薬をそのまま同じ種類を未
だにずーっと服用しています。

(5種類以上もの向精神薬など・・)私は心の中で今も訴え
続けています! 「薬漬けにしないで!どうかスポーツで
も作業でもなんでもいい・・!   

心のケアーを願う。


けれどあの子が・・・

Sが今いる施設は、違うのです。確かに専門の医師もい
て、職員の先生方も熱意ある関わりをしてくれている。                                 
 


けれど、学院の先生方が私に伝えてくれました。

「お母さん、S君はここに来るべき子ではありませんでした。

児童相談所にも一度書類を突き返したのですが、無理押し
で通してしまったんですよ。    



私たちも本当にS君の扱いに困り悩んでいます。

S君の先がみえないのです。「お母さんの方でも何か情報が
得られたら、その時は伝えてください。」

このようなやり取りが何回もありました。

今回も、児童相談所から学院に入所する時、すべてを伏せ
て入所させてしまったのです。   


                          
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行政の壁に、孤立無援の闘いの日々の中で〜

2010/08/02 00:41
『沙羅双樹の木の向こうまで』

 前回の続きから・・



戻された児童相談所も困り果て、全国の施設へ手配を
お願いしても何処も受け入れは整わず、

又病院へお願いに行っても東京の病院の紹介状を見せ
ると、

一様に「施設で充分やっていけます・・・って書いてある
じゃないですか。 

病院じゃなくてもいいんじゃないですか?施設を探してあ
げたらいいじゃないですか。」と、どの病院からも言われ
るばかり・・・             
 

私も、我が子の為に日本中の受け入れ先を探しました。

もう、本当に電話代が5〜6倍になってしまう程・・・                     
 
けれど、どこも見つからなかったのです。出版会社、様々
な市民団体、市議会議員、スペシャリストの方々など本
当に手を尽くしました。       
 

マスコミの取材もある時受けました。  
 
情報も取り入れましたけれど、どこも様々な理由を付けて
受け入れを拒否してくるのです。 

厚生労働省や県の様々な施設へお願いしましたが、すべ
て駄目でした。

児童相談所では施設が見つからないため、困ったあげく私
にこう言ってきたのです。                                 
 
「お母さん、お子さんを鑑別所に送るかもしれませんよ。」
と・・                

私は「えっ!なんでそんな?」    

訳も分からずショックを受けるばかりでした。 

私は必死になって抗議しました。  

その後も児童相談所では私の知らない間に手続きを取り、
更正施設に入れてしまおうとしたり、

(その時も私は厚生労働省の方から、その施設に電話を
入れてもらい、子供の状況を側面から伝えていただいたお
かげで、入らなくて済みました。)                            
 

けれど、障害を持つ子の一人の母親として・・・

無力の私には、行政にたった一人で立ち向かっていく力も
無く、訴える声もかき消されてしまうばかりでした。   


                                                      
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Maukie
                                             
自閉症の心模様 2010年8月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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